INTERVIEW インタビュー

ウィリアム・ユーバンク監督インタビュー

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Q:この極めてユニークな作品は、どのようにして誕生したのですか? 監督だけでなく脚本としても共同参加されていらっしゃいますね?

ウィリアム・ユーバンク(以下W):前の作品『地球、最後の男』(11)は、もっとアヴァンギャルドなプロジェクトだった。 でも元々、僕は「ミステリー・ゾーン」の大ファンで、あのロッド・サーリングが案内役(ナレーション)を務めていた番組だよ。 自分の周りで不可解で摩訶不思議なことが起こって「何がいったい、どうなってるんだ?」っていうような、映画を作りたいと思っていたんだ。
『地球、最後の男』の編集を終えようとしている時に、友人のデヴィッド・フリガリオと話していて、『シグナル』につながるアイデアが生まれた。 それで編集が終わる前から、2人で新しい脚本を書き始めたんだ。 『地球、最後の男』よりは、もう少し多くの人に見てもらえる映画を作りたかったのさ(笑)。
僕は、ある特殊な極限の状態での個人の打開力というコンセプトを考えていた。そういう時こそ、人間は何とか克服しようとして本性が出るからね。 『2300年未来への旅』(76/マイケル・アンダーソン監督)みたいな映画が面白いのは、主人公が観客と視点を共有しているところだ。 だから映画ファンは入り込むことができる、特に好感の持てるキャラクターだとね。僕 はロマン・ポランスキー監督を尊敬していて、彼は可能な限り“肩越しのショット”の撮影手法を使っている。 だから主人公と一緒に発見したり反応したりできるので、映画の世界に自分が入り込んでいるように感じるんだよ。

Q:弟のカーライル・ユーバンクも脚本に加わっていますね。

W:僕らはよく一緒に仕事をしているんだ。皮肉なことに僕らが脚本を書いている時は、僕が直線的な言い回しを使う傾向があるのに対して、 弟は奇抜なアイデアを使おうとする傾向があるんだ。いわば彼は“陰”で僕は“陽”なんだ。

Q:本作では“昔からある方法論”での美を探求し、そのあとすぐにハイテクとローテクの対比が描かれています。現代のコンピューターを駆使して居場所を追跡したり...。

W:その一方で(昔ながらの方法である)リーガルパッド(黄色いレポート用紙)とペンを使って、いろいろと聞き出す人間が登場する。 そのハイテクとローテク方法こそが、登場人物のキャラクターを表現する役割を担っている。 僕は今まで、あるテクノロジーが別のテクノロジーをどうやったら導きだせるかを夢中になって考えて作品を作っていたけど、気づいたんだよ。 どの手法も長く使っていれば、マンネリに陥る可能性があるってことをね。

Q:この作品についてですが、どなたか影響を受けた監督の作品はありましたか?

W:視覚的にはあると思う。ある作品を見て「彼が描いたものを自分も感じていた」と言うものもあるからね。 オープニングでは、地に足がついたリアルな暮らしぶりを描き、それがこの世のものとは思えない“溝”にはまってしまうというものにしたかった。 スタンリー・キューブリックのスタイルに似ているかもしれない。あらゆるものに意味があって、それでいて実感がこもっていて、鋭いんだ。 その後は、どうしてこうなったのか自分でも分からないけど、デヴィッド・リンチ的かな(笑)。

Q:最近の傾向である低予算の作品やローファイのSF映画には、触発されませんでしたか?例えばダーレン・アロノフスキー監督のデビュー作『π』(97)やクリストファー・ノーラン監督の『メメント』(00)のような、いわゆる“理性に挑む”ような作品のことですが。

W:『π』のことは、いつも頭にあったね。というのも、心のねじれが部屋の中で起こるというところが気に入っているんだ。 『メメント』は参考になったけど、『シグナル』を作っている最中は頭になかった。 むしろダンカン・ジョーンズ監督の『月に囚われた男』(09)のような小規模のSFのことを考えていた。 このタイプのSFは、ある部屋の中で始まり、物語が展開し、その後で囲っていた壁が消滅する。 なぜなら誰だってそのキャラクターに何が起こるかが気になるからね。『シグナル』の場合は、ちょっと違っているんだ。 始まりはオープンな場所だけど、すぐに他の場所に移動する。僕らは観客をニックと一緒に閉じこめたんだ。 キャラクターたちは自由の身から監禁状態になる。ヴィンチェンゾ・ナタリ監督の『CUBE』(97)のことを思い出した。 何が起きているか分からない場所にキャラクターが放り込まれて、閉じこめられるって類の映画だね。

Q:その流れをさかのぼれば、1人の映画監督に行き当たりますね。誰もが影響を受けたアルフレッド・ヒッチコックです。あなたのセットに彼と一緒に仕事をしたことがある人が訪ねてきたと聞きましたが...。

W:そうですね。撮影中のヒッチコックは極めて能率的で的確だったという話は聞いていて、 セットに座った彼には自分のやりたいことが分かっていて、自分の望むものを撮影して帰って行ったそうだ。 今回、何日かカメラ・オペレーターとして働いてもらった人から聞いてね。 彼は1976年のヒッチコック作品の「ヒッチコックのファミリー・プロット」でアシスタント・カメラマンをしてたんだ。 ある日、僕らはランチの時にその話をした。それ以前から何か違うと感じていたんだ。 それまでにキャラクターを追いかけるショットがあって、彼が昔ながらの手法で撮影していたからね。 それは単なるドリーショットとは一線を画すものだったよ。この作品には使えなかったけどね。

Q:撮影された映像は落ち着いて優雅な感じがしますね。ワイドスクリーンのように見えましたが...。

W:撮影は2:40[ワイドスクリーンのアスペクト比]で行った。他のアスペクト比では、俳優の目が際立たないからね。 (ワイドスクリーンのほうが)演技がわかりやすいしね。またニューメキシコでの撮影や車が迫ってくるようなシーンにも役立ったんだ。 まだ僕の2本目の作品だから、手探りで学んでいる部分があるんだ。 僕は何もかも視覚に訴える方法を取りがちで、撮影監督としては、“映画作りの森”に入ったばかりって感じてるよ。 クローズアップについては、頭やあごの部分を切った方が、スクリーンに映った顔は見栄えがいいと思う。

Q:確かにそうですね。ローレンス・フィッシュバーンは印象的な俳優ですし、存在感もありますから、たびたび彼の顔や声を交差させたりしていますね。彼は普段から印象的ですが、それでも『シグナル』では首から上を映したりしていますね。

W:彼は自分の声がどれぐらいの重要性を占めるかとか、ちょっとした表現が最大の広がりを持つことをよく心得ている。 でも最初に会ったときに、自分の役柄の衣装[防護服]は四六時中、着なきゃいけないのかと聞かれた。 僕が「そうだ」と答えると、彼は「本気で?」と言った。「そうだ」と言うと、「分かった。了解した。それを確認したかっただけだ」と 答えたんだ。あとで彼は僕に説明してくれた。どのくらい防護服を身に着けるかを知ることで、 どのくらい演技のニュアンスが欠けてしまうかを知りたかったとね。彼の言いたいことは分かったけど、 撮影する時は、かなりのアップの画面になる予定だった。それもやりすぎくらいにね。そこで彼の演じるニュアンスをスクリーンに 映し出すことを約束し、彼も僕を信用してくれた。でもセットでは、カメラを彼の顔のすぐそばに置いたから、 彼を見ることがほとんどできなかったよ。
でも相手はローレンス・フィッシュバーンだから、きちんとやりたかったんだ。あれは芸術的な選択であり、必然でもあった。 その2つが組み合わさって、彼の役柄は出来術的な選択であり、必然でもあった。その2つが組み合わさって、 彼の役柄は出来上がっていたんだ。あれらのことを決めた時点で、僕は録音(音声)で起こる問題も解決しなければならなかった。 でも彼の底力で切り抜けられたよ。

Q:彼はどんなプロセスを?

W:とにかく彼は研究熱心なんだ。別の方法で試したいとか、ちょっと加えたいとか言ってきたりする。 それを取り入れる場合もあるし、取り入れない場合もある。彼は役柄になり切るのが好きで、普通の俳優の演技を超越している。 配役への色づけに迷いがなく、大胆にそれを演じるんだ。
僕は彼のような有名な俳優と仕事をしたことがなかったけど、彼は脚本を気に入ってくれて、リスクを冒して出演したいと言ってくれた。 セットでは、僕のところにやってきて、僕のディテールの目の付け所をほめてくれたよ。そうやって彼から自信をもらったんだ。 すごくクールな人だよ。

Q:他の配役はどのようにしてキャスティングしたんですか?

W:僕はキャラクターを誰に演じてもらいたいかということを先に考える。これはすごく大事なことなんだ。 ブレントン・スウェイツはオーストラリアで何かの仕事をしてて、僕はニューメキシコにいたから、スカイプでミーティングしたんだ。 彼は人間的に素晴らしいばかりか、俳優としても天性のものを持っていたから、ニック役をやってほしかった。 ブレントンは、とっても真面目な俳優で、僕が表現したかったキャラクターを、生き写しのように演じてくれたよ。

Q:それぞれの人柄を事前に把握していたことは、セットでの演出に役に立ちましたか?

W:もちろんさ。何かを作っている時に壁にぶち当たったら、こんな状況で実際の人間だったらどうするかという風に考えられる。 「ブレントンならどうするか」とかね。演出の時もその考え方が生きている。すでに彼らが取り組んでいるキャラクターへの指示だから、 時に難しいのは、基本、そのキャラクターらしく演じるように俳優を納得させることなんだ。でも、その方がよりリアルさを出せると思うね。

Q:ブレントンもオリヴィア・クックもアメリカ人俳優ではありませんね。ブレントンはオーストラリア人で、オリヴィア・クックはイギリス人です。

W:ああ。2人とも自分たちのアクセントをうまく隠してた。時々、ポロッと出る時もあったけど。 オリヴィアの元々のアクセントは気に入っていたんだけど、1人が本来のアクセントのままで、もう1人はそうじゃないっていうのは 不公平に思えたんだ。

Q:インデペンデント映画を作る場合、予算やスケジュールとの兼ね合いが問題になりますね。

W:もちろんさ。撮影期間は、28~29日間。予算的にもキツかった。砂漠の砂嵐の中で12時間撮影をしなきゃならない時だったから、 何とか間に合わせにメイクと特殊メイクをやらなきゃならなかった。現場で作業をやりながら、撮影を続けるのは大変だった。 2年間の準備をやってきて、まさに「ここが正念場だ。やり遂げなきゃ!」って状況だったよ。

Q:この映画制作を振り返って、最も常軌を逸していると思ったことは何でした?

W:それは限られた時間内でやらなきゃいけないってことだったね。それとニューメキシコの風と雨。 それに『ターミネーター4』(09)でもやったようにタオス橋(リオグランデゴージブリッジ)を通行止めにしたことだ。 『ターミネーター』なら分かるけど、この規模の映画で車を止めたんだからね。

Q:創造性の必要性と事前の計画に話を戻しますが、低予算の作品というのは映画を撮るチャンスを得る動機や、予算内で物語作りや視覚的な冒険をすることの発奮材料になりましたか? それとも萎縮しましたか?

W:その話に戻ると、やはり創造性への挑戦だったね。たとえば低予算という枠があったりするとね。 まず第一に、共感できるものや、今までその予算内で誰も作ったことのない、見たことのないようなものを作ろうと思う。 何を撮影するか、どう撮影するかを手探りでやっていき、どうしたらどういう効果を得られるかをいつも考えていた。 前もって小さなビデオカメラで色々と実験もしたよ。
第二に、できる限り周りにいい人材を集めるようにするんだ。低予算の場合、何かをする時に予算が足りないと、 自分の周りのクリエイティブな人間に頼るしかない。『シグナル』の場合、スタント・コーディネーターとしてマーク・レイナーに 働いてもらった。彼はクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(10)で経験があった。 そんな人と一緒にプランを立てられることは幸運だったよ。マークが参加してくれたおかげで、最高の人材が集まったんだ。 それから編集処理では、いろいろ面白いことが起こる。我らが偉大な編集マンのブライアン・バーダンは、 デヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』(86)を皮切りに『ツイン・ピークス』(89)<TVM>にも携わった。 ブライアンの感覚は僕とは違っていて、デビュー作『地球、最後の男』(11)では、自分とは別の見方があることを気づかせてくれた。 僕は彼のものの見方や新しい視点にすごく感謝している。彼がもたらしてくれるものは、すごく独創的なんだ。
僕はいろいろと書き留めるためのノートを持っているんだ。あらゆることをここにまとめている。 それには事前の計画、図、概要も含まれている。映画制作の話をする時は、2年分の思いを話すからね。

Q:そのノートには絵や図もあるんですか?

W:ああ、方眼紙を使ってる。僕がプロジェクトを始める時、頭の中には段階ごとにいろいろ思い浮かべているから、 “初期の段階のノート”は常に持ち歩いている。アイデアの書き漏れをなくすためにね。脚本を書く段階になったら、 たいていそのプロセスのために別のノートを使うんだよ。みんなが「僕らでこの映画を作ろう」という段になったら大判のモレスキンを買う。 ちょうどテレビドラマ「TRUE DETECTIVE」(14~)でマシュー・マコノヒーの役柄がやってたような感じ。 でも僕のノートは、もっとひどいものだけどね(笑)。これがほとんど絵コンテと言っていいもので、その後、すべてのシーンを検証していき、 映画をどう撮影するかが書き込まれている。どれも鉛筆で、図解を書き、それぞれのシーンのキャラクターに対する考え方をメモする。 この作業に脚本を書くのと同じくらい費やす。この分厚いノートはセットにも持ち込むから、さらにだんだん厚くなっていくんだよ。

Q:サンダンス映画祭でワールドプレミアとして『シグナル』を初公開した時は、どんな感じでした?

W:サンダンスには4~5回行っている。パナビションのカメラ技師としてね。基本的にはデジタルカメラについて話したりした。 初期の頃は『コラテラル』(04)で使われたF-900について話した。自分の周りの人間の作品が上映されるのを見て、 いつか自分もそうなれればと夢見ていた。当時、ソルトレイク・シティーに住んでいた祖父と、よく夕食を食べに行っていた。 祖父は海軍で撮影監督をやっていたので、「いつかお前の作品が上映されるさ」って言ったね。数年前に祖父は亡くなったので、 僕の作品を見ることは叶わなかったけど、祖父のことを思うと、サンダンスで上映されたのは、すごく特別なことだったと思うよ。

Q:次の作品は?

W:頭の中にはいろいろ構想がある。本作の共同脚本家であるデヴィッド・フリガリオと書いているミリタリー・アクション・スリラーが、 もうすぐ仕上がる。それに1%のファンタジーを盛り込んだ時代ものも企画が進んでいるよ。